意合文 その2

昭和が平成に変わる頃、北京動物園にパンダを見に行った。
友人に車で送ってもらい、入り口の門まで行ったが、連休の
ためか、日本では絶対見られないほどの殺人的な混雑で、
無傷では帰って来られないだろうと思った。とてもパンダ
どころの騒ぎではない。残念ながら引き返すことにしたが、
友人はそそくさと行ってしまい、自力で市内まで戻るはめに
なった。西単に行くバスを見つけたので、それに飛び乗った。

このバスもすごい混雑だった。ゴムの蛇腹でつなげた2両
連結のバスは、人いきれで噎せ返っていた。私は昇降口の
ステップのところにずっと立っていた。乗り降りの人の
邪魔になる位置だが、混雑なので、仕方ないと思っていた。
バスの料金は6分、つまり0.06元である。日本円で
1円弱くらい(当時のレート)になる。

このとき、ステップを上がったところにいたオバサンが、
昇降の邪魔になっているのを私を見咎めて、怖い形相で
にらみながら、怒鳴った。

「不下上!!」

とっさのことで、最初は何のことかわからなかったが、
数秒後、ようやく意味が取れた。

不下上
クダラ ザラバ ノボレ
「降りないんなら、上がってらっしゃい!!」

この文章を私が作文すると、さしずめ、
「如果你不准备下车的话···」となり、ここまでだけで
オバサンの用いた漢字数の3倍以上になってしまい、
私の方が多少は上品かもしれないが、簡潔さと単位
時間当たりの情報伝達量、という点でオバサンに
激しく負けてしまっている。脳天空竹割りを食らった
ような衝撃を受けた。

実はステップを上がってしまうと、必然的にオバサンの
豊満な肉体に異常接近、いや完全密着してしまうので、
さすがにマズいだろうと思って、ステップの下で、
ウジウジと遠慮していたのである。当時の北京には女性
専用車両というものはない(今もないけど)。この
あたりの判断は難しいわけだが、小心者はその小心なるが
故に、非難を受けるものだ、ということをこのとき学んだ。

そのあと、すぐに前方から車掌のオネイサンが、やって
来た。私のように後ろから乗って、じっと昇降口にいた
まま、目的地到着と同時にさっと降りてしまえば、
無賃乗車ができてしまう。それは許さじとばかりに、
オネイサンが猛烈な勢いで、乗客の足を蹴散らし、首を
捻じ曲げ、体をたくみに入れ替えながら、後ろの方まで
驀進してくるのである。オネイサンは屈強な体つきで、
このオネイサンに両かいなをかかえこまれ、腰を落として
ガブリ寄られたら、土俵際でうっちゃるなんてとても
無理だなと、ぼんやり考えていたら、何か大声で連呼
しているのが聞こえた。

「没票买票哈!!」、「没票买票哈!!」
最後の「哈」がおそろしく声高で強圧的である。

没票买票
ヒョウ ナクンバ ヒョウヲ アガナヘ
「切符のない人は、切符を買ってくださいよ!!」

ここでもやはり、車内は戦闘状態に突入しているのだから、
「如果你还没有购买车票的话··」などと、のんきに言って
いられるような陽気では、当然ないのである。

さて、上記2例のどこが意合的であるのか、お気づき
だろうか。もちろん、両方とも主語の人称代名詞が
省略されているが、これは絶叫調の命令文なので、
他の言葉でも「黙れっ!」とか「Shut up!!」とか
いうように、省略されるほうが普通である。それよりも
他の言語とは決定的に異なる、中国語特有の省略が、
現れ出ているのである。(つづく)

★ 本日の一文

梦中许人,觉且不背

夢の中でした約束を、目覚めてから実行する、
それくらいの気持ちで、人間としての信用を
大切にしなければならない。

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