困った慣用句

「拍马屁」は字面通りに訳すと「馬のお尻を叩く」という
ことだが、ご存知のとおり、「おべっかを使う」、
「お世辞を言う」という意味の慣用句としてよく使われる。
今日の日常生活で、馬のお尻を叩きながら、暮らしている人は
少ないので、普通に使って誤解を招くことはまずない。
「亮底牌」だと、「亮」がはっきりと見せる、「底牌」が
最後までとっておいたカード、ということで、「切り札を切る」、
「手の内を見せる」という意味になるが、これも実際の
生活と、カードゲームは重ならないことが多いので、
問題にならない。ところが、中には困り者の慣用句がある。
「吃豆腐」。私はこれに長年苦しんだ。もともと、豆腐が
ことのほか大好きで、家でも毎日1ちょうくらいは軽く食べるし、
中華料理店で「点菜」を任されたりすると、必ず一品、
豆腐料理を入れる。人数が多いときなんかは、図に乗って
二品ほど注文する。「凉拌豆腐」,「麻婆豆腐」,「家常豆腐」,
「红烧豆腐」,「客家肉豆腐」など、どれもとてもおいしいと思う。
南禅寺の湯豆腐ももちろん好きだし、「梅の花」の熱心な
リピーターでもある。かくして、私は中華の食卓でいつも、
「我特别喜欢吃豆腐」と、聞かれもしないのに言ってしまうのだが、
これが大いに宜しくない。「吃豆腐」には字面通りの意味のほかに、
慣用句として「セクハラをする」、「女性を性的に虐待する」
という意味があり、上記の句を発したとたん、それまでワイワイと
にぎやかだった食卓は、一瞬にして鉛を含んだように重苦しい
空気に包まれ、女性は下を向き、男性は横を向く、という難局に
突入してしまう。ここで特筆すべきは、中国人と日本人の反応の
違いである。日本人なら、外国人話者の日本語の未修得からくる
間違いを聞くと、クスクス笑うことはあっても、別の差し障りの
ない言い方をやさしく教えてあげて、軽いジョークを聞いた
ような感じで、気にせず会話が継続するのだが、中国人はまずい
言葉が発せられると、場全体がとたんに固まってしまう。
恥をかきながら少しずつ覚えていけばよい、「吃一堑(qiàn),
长一智」だなどとのんびり構えていたのに、これでは全く
「进退两难,不知所措」である。のちになって、中国人の
アドバイスも受け、「我特别喜欢吃豆制品」という新手を発見して、
この問題は一件落着となった。堂々と好きなものを好きだと
言えない不条理に胸を痛め、悶々とした日々を送っていたが、
これにて「扬眉吐气,终见彩虹」となった。同じように
「吃醋(酢を食べる)」も「やきもちを焼く」という慣用句だが、
餃子のタレを作るときは、醤油よりも酢の方を大量に入れるので、
ついつい「我经常吃醋」と言いそうである。この問題についても、
たゆまぬ研究の結果、その場の酢の色に着目し、「我经常吃鄢醋」
または「我经常吃白醋」という表現で切り抜ける方法を編み出し、
難局打開に成功した。中国語は純粋な語学以外の部分でも、
けっこう気を使うことが多く、なかなか疲れるのである。

★本日の一文
俟(sì)河之清,人寿几何
人の一生には限りがあるのに
天下泰平には、どれだけの時間が
かかるのだろうか。

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