記憶力

今回は中国語と直接関係ない、脱線話。3年ほど前に立て続けに
3冊ほど、記憶力・記憶術に関する本を読んだ。脳の研究が
盛んに言われ、大型書店にも専門コーナーができて、山のように
類書が積み上げられ、一大ブームを巻き起こしたことがあった。
最近はさすがに下火だが、脳や記憶に関する研究が日進月歩で、
新たな事実を発見し続けていることは確かなようである。今、
それらの本を探そうとするのだが、どこへいったか見つからない。
もしかしたら、人にあげてしまったかもしれない。引き取って
下さる方がいると、我が家の居住空間が広がるので、読み終わった
本や、読まなかった本や、読みたくない本は、どんどん
プレゼントすることにしている。それなのでやむを得ず、昔の
記憶に基づいて、以下書いていくのだが、間違いがあるかも
知れない。お気づきの点はご指摘いただければ幸いである
(ネットでも調べたが、具体的な記述は見つけられなかった)。

2004年に脳の研究でノーベル賞を受賞したリンダ・パック博士は、
ロンドンのタクシーの運転手の頭の格好に、共通の不思議な特徴が
あるのに気づいた。全員同じ1箇所が少し膨らんでいるのである。
調査の結果、これは運転手が大ロンドン(もともとのロンドン市に
周辺の郊外地区を全て加えた広大な区域)の全部の通りの名称と
そこへ行き着くためのルートを覚えるため、脳の記憶容量が、
「物理的にも」増加した結果であることがわかった。ロールス
ロイスを運転するロンドンのタクシーの運転手は、皆50年配の
紳士が多く、中年になってからこの職業に就く人が主だそうである。
カーナビのない時代に、全ての通りの名前を知っている必要のある
職業なので、必死の努力で暗記していかなければならないという
ことだ。脳の長期記憶量が増えると、シナプスという脳細胞を
連結していく物質もそれに連れて増えていくのだが、博士の
研究により、その増え方に際限はなく、必要とあらば、脳の形を
変えてまでも、人間の脳はその需要に対応していこうとするという
ことが明らかになった。このあたりが、最初から記憶容量が
決まっているコンピューターと違う点である。総記憶容量
10ギガバイトは、ユーザー使用状態に関係なく、いつまでも
10ギガバイトのまま、変化がない。人間の脳は鍛えれば(つまり
必死で覚えようとすれば)、いくらでも容量が増えていくことに
なる。逆に鍛えなければ、「不要」と判断され、機能はどんどん
萎縮・衰退していく。スポーツをする人の筋肉に似ているが、
筋肉の方はかなり若い段階でそのピークを迎えるのに、脳の記憶の
方は息が非常に長い。物理的・機能的に苦しくなるのは、なんと
85歳を越えるあたりからだそうである。それまでは、努力によって
いくらでも向上させられる。ではなぜ、人は「最近は歳のせいで、
物覚えが悪くなった」と感じるのだろうか。ひとつは「単純記憶」
の衰えで、これは年齢に関係があり、子供の方が大人より
有利である。もうひとつは、「集中力及び集中できる環境」である。
5歳の坊やは、ウルトラマンに出てくる300種に及ぶ怪獣の
名前と特徴を簡単に暗記してしまう。それは食事とトイレと睡眠
以外、朝から晩まで来る日も来る日も全ての時間を「怪獣図鑑」の
暗記に投入しているからである。我々も仕事と家庭と友人とその他の
趣味・行動を一切かなぐり捨てて、ひたすら中国語と向き合えば
恐ろしいほど上達するに違いない。それを許さない諸般の事情が、
いわゆる「歳のせい」の正体なのである。上記のことから、記憶に
関する経験も豊富になり、思考力も分別も弁えた70歳台、60歳台、
50歳台の方は、まさに記憶力増強の黄金時代を迎えていることになる。
40歳台は、素晴らしい黄金期を目前に控えた助走期、30歳台以下に
至っては、自身の記憶術すら確立できていないハナタレ小僧時代と
いえる。
それにしてもリンダ・パック博士の研究は素晴らしい。彼女の研究は
記憶力という日常会話にも普通に登場する卑近な話題をベースにして、
それをノーベル賞受賞のレベルにまで高めた点に価値があると思う。
もちろん研究手法は専門家ならではのものであろうが、その成果は、
我々一般人にもすんなりと理解できる素晴らしい朗報である。しかし
同時に、このことにより、「いやあ、最近歳のせいで、なかなか
覚えられないんですわ」というような言い訳はもはや通用しなくなり、
単に覚えようとする気がなくてサボっている、という事実を、
はしなくも自白しているだけ、という評価を下される厳しい状況が
生まれてしまった。本当に余計なことをしてくれるものである。

かつてピロリ菌という、胃潰瘍を誘発する細菌が発見されたときの
ことを思い出す。それまでは、ストレスや神経衰弱が胃をキリキリと
痛ませ、ついには潰瘍を引き起こすという理解が一般的であった。
そこでは、家族のため、社会のあらゆる矛盾と戦い、あるいは
理不尽に耐え忍ぶ、悲しくも美しいオトーサンのイメージが常に
オーバーラップしていた。ところが、過度の飲酒や喫煙、更には
不節制で、胃の粘膜が痛めつけられ、ついにはピロリ菌の繁殖を
招き胃潰瘍に至る、ということが証明された瞬間、オトーサンの
崇高な権威と悲壮感溢れるイメージは地に落ちてしまった。規則
正しい生活をし、暴飲暴食を避け、適度の運動さえしていれば、
ほぼ防げる病気であることが、あまねく知れ渡ってしまった。
本当に余計なことをしてくれるものである。

★本日の一文
很多人想改造这个世界,但却罕有人想改造自己
この世を改造しようと意気込む人は多いが、
自分自身を改造しようとする人はめったにいない。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ
にほんブログ村