否定の虚辞 その1
虚辞というのは、文章の中で、それがあってもなくても文意が
変わらない単語、という意味である。中国語文法でよく出てくる
実詞、虚詞の虚詞とは全然別物である。「ええと、あの、その、
つまり・・・」などと言う部分は、本文の意味には影響しない。
もちろん語気とか感情的部分には関係がある。人間の発する言葉
なので、こういうものがあっても不思議ではない、むしろ自然で
あるが、これが否定詞である場合、話は俄然ややこしくなってくる。
小学生の頃、次のような流行り歌があった(いやん、歳がバレるぅ)。
歌の名前も歌手の名前も忘れたが、メロデイーと歌詞ははっきりと
覚えている。
♪富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町(ぽんとちょう)に降る雪も
雪に変わりはないじゃなし 溶けて流れりゃ皆同じ♪
それがどうかしたのか、と突っ込みたくなるような歌詞だが、
富士山に振る雪も、京都の舞妓さんのたくさんいるところに
降る雪も、雪としては同じだ、と言いたいのであれば、当然
「雪に変わりはあるじゃなし」でなければいけない、と小学生の
私は思った。きっと何かの間違いであろう、と強く確信した。
「ないわけではない」の2重否定では、意味が逆転するのだ。
学校の先生をはじめ、周囲の大人たちに質問しまくった。
しかし、満足な答えを出せる人はひとりもいなかった。
ただ、当時の常識的な感覚では、上のような歌詞は充分に
成立するものらしい、ということだけは感じられた。
身をよじって苦悶する私に対し、担任の先生は「若い
みそらで、そんな細かいことでくよくよするな。少年よ、
大志を抱け」と慰めてくれた。 (つづく)