アウトプットと交流

自分は放っておくと、すぐにインプット作業に偏って
しまう。真逆の人もいて、ほとんど何の勉強もせず、
いきなり外国人に話しかけたりしようとする。まあ、
どっちもどっちだが、後者には勇気または少なくとも
蛮勇が必要である。自分のように、やはりひととおりの
ことをしてから、というのは性格か習慣かわからないが、
勇気の欠如が起因しているので、これはこれで厄介な
ものであると我ながら思う。さてこれを打破するには、
仲の良いお友達を作ることではないか、と最近思うように
なった。特にここ1週間、いまだかってないほど、人と
会い、人としゃべった。しゃべった分量は、日本語が
半分、中国語が半分だった。毎日夕方に、のどが痛くは
なったが、とにかく楽しくて仕方がなかった。語学学習の
モチベーションアップという点では、理想的な展開だが、
冷静に考えると、実はこの期間、自分の語学力は上昇して
いないのである。上達はやはりインプットに限る、と思う。
アウトプットはその検証、または実地運用練習であって、
ボリュームを膨らませる上達とは直接の関係はない。
それにしても、その楽しさ、愉快さは群を抜いている。
まずは水曜日のお昼、旧友Aさんと、Sさんに再会、
3人で昼食を取ったあと、用事のあるAさんと別れて、
市内観光へ。あこがれの日本に初めてきて、興奮気味の
Sさんは、あちこちで写真を撮りまくり、ケラケラとよく
笑った。またこちらは質問攻めにあい、タジタジだった。
次は土曜日、恒例の京都原書会。いつものとおり
有一天さんのおはからいで、合計7人ものメンバーが
集まり、本の話で盛り上がった。自分は使い慣れない
スマホをもてあましていたが、chaikoさんに中国語関連の
アプリをダウンロードしていただいた。みひゃんさんの
授業のお話をもう少し詳しく聞きたかった。原書会の
詳しい内容は、有一天さんのブログで紹介されているが、
皆さん中国語学習とその方法論の展開に熱心で、いつも
ながら、参考になることが多かった。皆さんに感謝感謝で
ある。またこの会に参加するために、自分は相当馬力を
上げて「蝸居」を読みきることができたので、これにも
感謝感謝である。こういうきっかけがなければ、長い
小説は今でも読めてなかったと思う。次回も楽しみである。
この場ではさすがに、全て日本語で通した。さて、その
あとすぐに、八坂神社に向かい、そこで先のSさん、
いつも交流会に呼んでいただいているIさんとそのお友達と
合流した。そのあと一年坂、二年坂、三年坂を通り、
痛くなってきた足を引きずりながら、清水寺へ。皆さん
ご健脚で、自分ひとりが音を上げていたと思う。ここでは
清水の舞台から飛び降りるつもりで、「清水の舞台から
飛び降りる」という言葉の意味を説明した。Sさんは、
自らも認める聖闘士セイントセイヤなので、あちこちで、
専ら縁結びの神への参拝とお賽銭を怠らず、鐘を打ち鳴らし、
カシワデを打っていた。最後は祇園を散策し、新幹線に
飛び乗って、この日の予定は終了。この日は諸般の事情から、
日本語90%、中国語10%くらいのイメージだった。
さて次の日が、今回の交流シリーズの最終日、メイン
イベントである。朝のはよから、新幹線の改札で待ち合わせ、
一路スカイツリーを目指した。この日は、Sさんと二人きりの
デートとなり、終日、中国語のみ。スカイツリーは予想通り、
長い行列だったので、登らず写真だけ撮って(霧がかかって
いて、てっぺんが見えなかったのは残念)、すぐ下のどんぐり
共和国でトトロの暖簾をお土産に購入し、隣接の墨田区
水族館へ。小ぶりの水族館だけれど、サメやエイヤペンギン、
オットセイが圧巻だった。本当は巨大なトトロのぬいぐるみが
欲しかったのだけれど、タオルでも良かったのだけれど、
マグカップも可愛かったのだけれど、それらは全てSさんが
最も忌み嫌う「中国製」、おそらくはセッ江省の義烏あたり
ではないだろうか、血まなこで探して見つけた純日本製が
暖簾だった、というオチである。そのあと銀座線で浅草へ。
おみくじ所が無人なのに、みんな100円をごまかさず、
きちんと料金箱に入れている姿に感動し、「ありえなあい」を
連発しながら、みくじ札を見た。もちろん日本語の説明だが、
中には美しい五言絶句が、レ点付で書いてあり、その第3句に
思わず吹き出してしまった。彼女もどういう表情をして
よいかわからず、さかんに「讨厌」を繰り返していた。
「殘花終結實」。「ザンカ ツヒニ ミヲ ムスビ」と
読み下せる。決して悪い内容ではないし、「吉」なのだが、
やはり「残花」が相当ショックだったようである。
テンションが下がってきたところで、景気づけに蔵前の
大戸屋で昼食。みごとにチキンの南蛮焼サラダを平らげた。
若い人は健啖である。味は最高ながら、チキンが4切れしか
入ってなくて、後はサラダばかりだったのがご不満の
ご様子だった。そのあとまた銀座線に乗って、アメ横に
繰り出した。同国人がやっている小さな店で、髪飾りを
購入。更に「日本製」の文字が燦然と耀いている小物を
大人買いして、同僚へのおみやげに。そのあとは、
名にし負う、一度は行っておかなければならない109へ。
ここでは人ごみの中、さすがに何も買わず見るだけで、
道元坂を少し散歩してから、東急で御膳そばを食べて
帰路に着いた。帰りの新幹線の中では、やはりあの
「殘花終結實」に議論が集中し、ご要望の条件を聞き出した。
「30岁一下,身高1m70以上,不抽烟,孝顺, 善良••••」まあ、
いちいちごもっともだが、条件が多すぎる気もした。
あまりすぐには思い浮かばないが、心当たりがないか、
探ってみようとは思う。

★本日の学習進捗状況
机に向かう時間なく、進まず。
1.単語帳(Campus Wide)
12冊目 11ページ目(全39ページ、1ページに30単語)

2.「祖国的陌生人」(6〜274ページ)
9ページ目。

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
42ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する
耳が喜ぶ中国語 13課

•蜗居 p303
海萍的眼泪哗哗流淌,她不得不捂住嘴巴压抑住自己的哭声。“你别哭。宋的事情,我已经听说了。我也感到非常遗憾。他给过我很多帮助,我这次去美国,也是他为我寻找的商机,使我可以重返战场。他从没托我做过什么事情,我想,我会为他达成心愿的。”海萍站起来,哭着抱住Mark说:“太迟了,已经太迟了。”Mark搂着海藻踏上飞机,身后是挥舞着手含着泪花的父母和姐姐一家。淮海路上,“海萍中文学校”正式挂牌开张。
海萍の目から涙がハラハラとこぼれた。口を押さえて、ぐっと泣き声をこらえた。「泣かないで。宋のことは僕も聞いたよ。本当に残念だ。本当に彼には世話になった。今回アメリカに戻ったのも、彼が僕にビジネスチャンスを探してくれて、もう一度やり直せるようにしてくれたからなんだよ。今まで彼から何も頼まれごとをされたことはないけど、今度は彼のために夢を実現させようと思うんだ。」海萍は立ち上がり、泣きながら、Markに抱きついて言った。「遅すぎるわ、もう遅すぎるのよ。」Markは海藻を抱きかかえるようにして、飛行機に乗った。後ろには、さかんに手を振り、目に涙をためた両親と姉の一家がいた。上海の淮海路に、「海萍中国語学校」が看板を掲げ、正式に開業した。
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