2度目の満点

TECCの衝撃が冷めやらぬ中、第84回中検準1級2次試験の結果が届いた。こちらは
久方ぶりの満点となった。今回は、とちりまくったし、2分間スピーチでも
しどろもどろになったりで、こりゃあダメだと思っていたので、意外な感じがした。
受験者のどこを、何を見ているのか、いまいちわからない。口試自体は順調に進み、
終わってみれば、あっという間だったが、試験官お二人と私が終始ニコニコと
談笑の中、なごやかに運んだのが幸いしたのかもしれない。しかし、そもそも
75点で合格なのに、受験者の平均点が、90.4点とはこれ如何に、である。やはり
リーディングやリスニングに比べて、受験者に優しい試験になっているようである。
1次を通過するような人なら、難なくこなしてしまう、ということなのだろう
と思う。点数云々にかかわらず、私はこの口試が好きである。今日はどのように、
話題を持っていこうか、ギャグを飛ばせるような展開になるだろうか、など、
行きの電車の中で、あれこれ妄想してみる。2分間スピーチは、題が
決められているが(3択)、会話能力を見るためなので、徐々に本題から
脱線していくのは、アリだと思う。題を気にせず(でもまあ、一応本題から出発して)
、あとは思いつくままに、とりとめもなく話す。試験官の方が身を乗り出して聞きに
来るようになれば、こっちのものだと思う。ということは、落語家のように、
ある程度は、まとまった面白い話ができるようなネタを持っていることが重要かなあ、
と感じる。普段からニュースを聴いたり、本を読んだり、おしゃべり好きな
中国人と無駄話をしたり、「歇后语」を勉強したり、などなど豊かな言語活動を
心掛ければいいのではないか。今流行りの「おもてなし」の心ではないが、
話を聞いてくださる人への思いやりも必要だろう。退屈させてはいけないのである。
とにかく、これからも是非この試験に参加し続けたい、と思っている。

中検準1
年月/回号/L/R/total/口試/総合計

2010-6 /71/91/83/174
2010-11/72/97/85/182
2011-3/73/地震で中止
2011-6/74/91/80/171
2011-11/75/95/89/184
2012-3/76/94/80/174
2012-6/77/95/89/184
2012-11/78/88/89/177
2013-3/79/97/85/172
2013-6/80/93/90/183
2013-11/81/90/90/180/100/280
2014-3/82/95/86/181/95/276
2014-6/83/90/86/176/98/274
2014-11/84/99/83/182/100/282


★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 6ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」(1課〜30課)
進まず。
•祖國的陌生人 p258(余華:活在喧囂的國度)
此時,他已經是個不折不扣的大作家了,1991年他發表了第一部長篇小說
《在細雨中呼喊》,一年後人們又看到了《活著》,1995年他完成了《許三觀賣血記》。
在此之前,批評家把他劃入了先鋒派小說家的行列,他像北村、蘇童、格非一樣,
是80年代最後幾年中國文壇最讓人興奮的幾個年輕人,他們對於中學作文式的寫作
厭倦透頂,正探索一種與眾不同的寫作方式。

このとき、彼はすでに押しも押されもせぬ大作家になっていた。1991年彼は最初の
長編小説《在細雨中呼喊》を発表した。1年後に今度は《活著》を上梓,1995年には
《許三觀賣血記》を書きあげた。それより以前、評論家たちは彼を前衛的な小説家の
グループに分類していた。彼は、北村や蘇童や格非と共に、80年代後期数年の
中国文学界において、最も読者を興奮させる若者だった。彼らは、中高生の作文の
ような文章に飽き飽きしていて、まさに、自分たち独自の文体を模索している最中だった。

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またしてもBクラス落ち

TECCの結果が届いた。残念ながら900点を割り込み、自己の受験史上3度目のBクラス
落ちだった。しかもリスニングはなんと、記録している範囲での最低点である。
声も出ない。今回はリスニングであやふやなところが少しあったぐらいで、
リーディングは、かなりの手ごたえを感じていただけに、愕然である。TECCは
苦手の翻訳問題や記述式が全くないのだから、当然ハイスコアでなければいけない、
と思っているのだが、勝手にそう思っているだけで、現実にはそうなっていない。
どこが間違ったのか、問題用紙がもらえないので、答え合わせのやりようが
ないのが辛い。ひとつだけ、録音の音声を聞いてあとからの問いに答える問題で、
いきなり冒頭から問いの答えが入っている部分がスタートされ、不意を突かれて
聞き漏らした問題があった。それ以外は、ほぼできたつもりだったのに、返す返すも
残念である。まあ、月並みながら、次回から頑張るしかない。今回も相原先生の
講評が掲載されていた。今回は新しく中国語学習を開始した学部の学生の参加が
増えたそうである。本当なら、この政治情勢下にもかかわらず、新規参入が
あるだけでも、非常に喜ばしことと思う。このため、平均スコアがかなり低かった
ようである。L244 R207 合計451なので、それぞれいつもより50点ずつくらい低い。
問題の難度は変わらないので、やはり上級者が抜けて、ご新規さまが、大量に
(本当に大量だろうか)流入したことによるもの、と分析されている。20代が
全体の40%だそうである。次回は6月、頑張ろう。これまでの歩みを下に記す。
それにしても我ながら進歩がないなあ、とつくづく思う。

TECC
年月/回号/L/R/total
2008-6/19/428/416/844
2008-12/20//484/968
2009-6/21/495/495/990
2009-12/22/459/445/905
2010-7/23/492/477/969
2010-12/24/465/458/923
2011-7/25/493/492/985
2011-12/26/491/499/990
2012-6/27/435/428/863
2013-6/30/470/499/969
2013-12/31/455/448/903
2014-6/32/473/487/960
2014-12/33/415/440/855


★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 6ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」(1課〜30課)
進まず。

•祖國的陌生人 p258(余華:活在喧囂的國度)
1982年,余華22歲了,他決定成為一名作家。之前五年,他每天八小時,在浙江
一個叫海鹽的小縣城的一所牙科醫院裡拔牙。他相信自己至少見到了上萬張嘴巴,
卻仍發現那是「世界上最沒有風景的地方。」
1982年、余華は22歳になった。彼は作家になろうと決意した。その前の5年間、
彼は浙江省の海塩という田舎町の歯科医院で、毎日8時間、歯を抜いていた。
自分は少なくとも1万以上の人の口を見たと信じていたけれど、それは
「世界中で最も美しくない場所」だと思い知った。

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第84回中検2次試験

またしても、2次の口頭試験にいそいそと出かけた。前回の
反省を生かして、遅刻しないように、乗り換え時間等も
調べてから家を出た。今回の準1級口頭試験参加者は、この
会場では8人だけ、なんとなく寂しい気もするが、あまり
大量にこられてもさばききれないのだろう。ここでも
男女相半ば、最近は特に若い男性陣の健闘が目立つ。女性も
若い人ばかりで、少し驚いた。以前は年配の人も多かった
ように思う。別室で待っている受験生たちをひとりひとり
呼んでいくスタイルは変わらず、中国人と思しき人も一人いた。
中国人の場合、短文の中文和訳2問さえこなせれば、あとは
完全に楽勝となる。試験というより、ただの雑談に来る
イメージだろう。私の順番は8人中7番目。試験官もいつもと
同じ。年配の日本人男性とうら若き中国人女性だった。
今回は飛び切りの美人だった。しかしこの人、声が非常に
小さい。蚊の鳴くような声で出題されても聞き取れない。
「不好意思,我最近耳朵背得厉害,请稍微大声点儿吧。」と
お願いすると、その時だけ少し声量が上がるが、しばらく
すると、また元に戻ってしまう。仕方なく身を乗り出して、
聴くことにした。最初は簡単に自己紹介をしてくれ、
といわれたので、名前と年齢、現在の職業などを言った。
和文中訳では、「(レストランで)すいません、青島ビール
2本と餃子3人前ください!」という問題だったのに、
慌てて「青島」を言わずに訳してしまった。気がついて
すぐに訂正したが、しどろもどろになったため、減点された
かもしれない。あとは特に難問はなかったと思う。最後は、
3つの中からお題を選んで2分間スピーチ、そのうちの2つは、
とても日本語でも何を言っていいかわからない題目だったので、
やむを得ず「我和音乐」を選択し、ベートーベンやショパンを
聴くこともあるけど、なんといってもカラオケが好き、特に
王菲や邓丽君を中心にレパートリーを広げている、中国の
友人の中にも「麦覇」が多くて、いつも盛り上がる、という
ように、いつものとおり取り留めもなく、話していると、男性の
試験官の方から「はい、時間です。」と言われて終了した。
今度の試験官もやはり、どこかで見たような気がする人だった。
世間は狭いように思った。結果は2週間以内に発送してくれる
そうである。

★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 5ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」
(1課〜30課)
進まず。

•祖國的陌生人 p255(毛之後的中國)
這本書的封底照片,是一個滑旱冰的青年正單腳滑過毛澤東像前,
這是他1981年在大連拍攝的。他的第一本書的名字仍有時代意義,
過去60年的中國,正是因為毛澤東而劃分的,前30年,人們
在他的意志下生活,而後30年,人們則試圖淡化這種影響卻發現
他仍在強有力的影響我們的精神世界。
この本の裏表紙の写真は、片足でローラースケートを滑る青年が
ちょうど毛沢東の像の前を通り過ぎるときのもので、これも
彼が1981年大連で撮ったものだった。彼の第1冊目の書名は
なおも歴史的意義をもっている。過去60年間の中国は、正に
毛沢東への対し方によって2分されていた。前半30年は、人々は
毛沢東の意志のもとで暮らしていた。しかるに人々がなんとか、
この種の影響力を減殺しようと努めたのに、結果的に我々の
精神世界に依然として強烈な影響力を保っていることを
発見したのが、後半の30年だった。

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広州と上海

4泊5日、年末年始の休暇を利用して、中国旅行に出かけた。2年ぶりの中国、その変化ぶりを
見るのが、楽しみだった。もちろんメインの目的は旧友との交流である。第1日目は関空から
広州へ。機中で飛行行程を見ると、上海の上空を通っていくようになっている。なので、
あまり直線最短コースではなく、4時間半を要した。白雲空港で、迎えに来てくれた
旧友第1号に再会。一昨年、日本に遊びに来てくれて一緒に東京見物に出かけた女性である。
日本の神社仏閣、いたるところで願を懸けまくった甲斐あって、最近、素敵な年下の
彼氏ができた。ほどなく彼氏も登場して夜は3人で会食となった。第2日目は、もう一組の
若いカップルが合流してくれた。広州で日本人に中国語を教える中国人先生と、その教え子
兼彼氏、つまり日本人である。5人でまず、中山記念堂を参観して、民国成立の歴史に関する
知識を深めた。知らなかったが、孫文は日本で結婚したそうである。媒酌人は日本人で、
日本語で書いた結婚誓約書が展示されていた。そういえばたしか、須磨に記念の建物が
あったような気がする。それから郊外の嶺南印象園という遊園地に出かけた。ここも
遊戯施設以外に古い広東地方の文物が展示、紹介されていて、とてもいい勉強になった。
遠足の小学生も来ていて、大人も子供も楽しめる場所になっている。それから市内に戻り、
少しぶらぶらして、夕食の鍋物屋へ。ここでさらに3名の女性が合流した。一人は、
10年来の付き合いで、日系一部上場企業に勤める才女。個人旅行でも、会社の出張でも、
すでに再三日本を訪れている。身に付けた日本語のレベルの高さにはただただ驚く
ばかりである。あと二人は、ほぼ5年ぶりの再会となった女性で両方とも、やはり広州の
日系企業に勤めている。広州(深圳や東莞を含む)は気候も暖かく、学んだ日本語を
生かす機会が豊富で、しかも上海よりも暮らしやすいと、異口同音にのたまう。
暮らしやすい理由を問うてみると、生活のリズムが緩やかで、プレッシャーを感じる
ことが少ない、給料水準はやや低いものの、物価水準はぐっと低く感じられ(上海が
めちゃくちゃ高いため)、何よりも外地人を受け入れる風土があって、人が
スノビッシュでない。上海だと外国人は受け入れても、外地人は受け入れてくれない。
つまり、彼女らにとっては、総合的に生活そのものが結構きつい、ということに
なるそうである。言われてみると、思い当たる節があるにはあるが、常に「外国人」で
あった私には、もろ手を挙げて賛成とは言いにくい。ともあれ、いいじゃないの、
幸せならば、という感想だけを述べておいた。円安が進行中なので、2015年は何が何でも
日本に遊びに行きたい、と決意表明をしてくれた。個人の旅行は、保証金として10万元を
6か月間、銀行に預けておかなければならない、という制度は不変らしい。日本の
メディアは、盛んに日本のビザ取得緩和を報じてはいるが、まだまだ、実際には
厳しいのだろう。3日目は朝から近所の市場を一人ぶらつき、日用品を物色してみた。
靴下を買った。午後は最初のカップルの見送りで、一路上海へ。虹橋へは午後6時の到着、
2時間のフライトである。2年以上前から、整備工事をしているが、虹橋は第1ターミナルと
第2をくっつけて、巨大な飛行場に変貌しつつある。お出迎えは、2年ぶりに会う
若いカップル。最近、郊外に新築のマンションを買い、「宅奴」になったと笑っている。
内装はまだで、実際に住めるようになるのは2016年以降、市内のアパートで同棲は
しているがまだ籍には入れていない、とのこと。新婚旅行は是非、日本へと、
お誘いしておいた。3人でタクシーに乗り、予約しておいたホテルに向かう。大晦日の
上海は夜でも結構混んでいる。外灘で花火を見に行こう、という意見もあったが、
寒そうなので止めにした。それで、元旦の朝、ニュースを見ると36人死亡の大事故、
何か運命的なものを感じずにはいられなかった。たとえ事故に直接、巻き込まれて
いなかったにせよ、大混乱は逃れなかったことを思うと、できるだけ、祭り気分の
人混みは避けた方がいい、というのはひとつの教訓かもしれない、と思った。
若い女性と子供が多かったと聞く。ご冥福をお祈りしたい。それで、無事安全に
元旦の朝を迎えられたかというと、これがまたとんでもない目に合うことになる。
朝、昔住んでいたあたりの街並みの変化が見たくて、ひとり散歩に出かけた。以前よく
通っていた店がなくなっていたり、口座を開設した銀行が別の銀行に変わっていたり、
予想通り、たった2年の間に大変化が起こっていた。興奮してカメラに収めようと
していて、道の悪いところで、毛躓いた。膝をすりむき、眼鏡のフレームを歪めた上に、
顔面を打って流血まですることになった。眼鏡は近くの眼鏡屋で、親切にも無料で
応急措置をしてもらい、なんとかなったが、顔が無残である。それでもそのまま、
ひとりタクシーに乗り、待ち合わせの本屋に向かった。昨日の若いカップルは驚いて
いたが、近くのファミマで絆創膏を買ってきてくれて何とか傷口だけはふさいだ。
元旦からこの調子では、今年1年本当に思いやられる。自分も含めて、皆本好きなので、
各階、各コーナーの本を見て回るだけで、楽しく過ごすことができた。参考書を含めて
10冊ほど買った。そのあと近くのスタバにしけこんで、小説談議に花を咲かせた。
更に豫園で雨傘を2本買った。日本ではあまり見かけない、巨大で骨の太い、
傘というよりパラソル系の代物である。2本で75元。結局、上海では名所旧跡や行楽地へ
足を延ばすことなく、市内探検で、最終出発日も含めて、終わることになる。それでも
夜は、なんと10年間、連絡のなかった(あとで意外に近いところに住んでいたことが
判明して2度びっくり‼)旧友が友達づてに、探してくれて、10年ぶりの再会となった。
一風堂の白丸ラーメンをすすりながら、積もる話は尽きることがなかった。在学中は
線の細い、おとなしい子だったが、さすがに10年間も大都会の水に洗われて、
たくましくなっていた。本人もそのことを自覚していて、やはり四川省の楽山から
思い切って出てきてよかったと思っているらしい。素晴らしいと感動すると同時に、
あとは早く素敵な彼氏を見つけて、幸せになってほしいと思った。芸術関係の仕事で、
2015年中に研修旅行でまた日本へ来る予定があるらしい。日本語も見違えるほど
流暢になった。今後は定期的に会いましょう、ということになった。最終日の朝は、
またひとりで七浦路の散策に出かけた。道や店がやたらときれいになっていたり、
偽ブランド品を売りつけようと人がしつこく付きまとうということもなくなり
(偽ブランド品そのものは健在)、ここもまた変貌を遂げようとしている。セーターと
手袋と防寒耳当てを買った。今回出会った23人の新旧の友達の全てとプレゼントの
交換ができたのは、よかったと思う。関空に着陸直前で上海航空機が、暴風のため、
1回目の着陸トライをあきらめ、再度上昇して15分ぐらいで態勢を立て直し、
1周余分に旋回してから、再び滑走路に入ったりと、けっこう波乱万丈の旅行だったが、
本当に楽しめた。年のせいか、人の熱い気持ちが一段とうれしく感じられるように
なった。だんだん腰が重くなるが、足が動く限りは、せいぜい旅行をしなければ
いけないなあ、と思った。

顔より大きい綿菓子

中山紀念堂

マリオネット

一風堂白丸

10年ぶり

オシャレになった七浦路の店

カップル

嶺南園



先輩と後輩

★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 5ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」(1課〜30課)
進まず。

•祖國的陌生人 p248(毛之後的中國)
蘇聯撤軍後,他還目睹了令人瞠目結舌的內戰。那些吸食完毒品的阿富汗戰士跟著坦克
從善山坡上衝下來,神情興奮無比,他和另一位攝影師就在距離不過一百米的一個
有籬笆的小房子內,不停地拍,沉浸在同樣的興奮裡。回來沖照片時,他才覺得後背發涼,
「他們手持的那個火箭筒,如果稍微歪兩步,我就被轟掉。」
ソ連軍が撤退した後も、彼はぞっとするような内戦を目の当たりにしていた。麻薬を
吸飲して興奮したアフガニスタンの戦士たちは戦車につき従って山の上から突撃してきた。
興奮しきった面持で、彼ともう一人のカメラマンは100メートルも離れていない垣根のある
小さな小屋から、戦士たちと同様の興奮に浸りながらシャッターを切りまくった。戻って
写真を現像しながら、彼は背中に冷たいものが走るのを感じた。「兵士たちが持っていた
バズーカ砲の位置が、もし数歩でもずれていたら、僕は木端微塵だったんだな。」

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2014年12月の結果

謹賀新年。中国から帰ってくると、日本はやはり相当寒いと感じる。12月は何かと
面白い月だった。広島・岡山に初めて出張で行ったこと、雪深い北陸の加賀温泉に
行ったものの、仕事だけで温泉に入れず、足湯にもつからずに帰ってきてしまったこと、
などなど。一番の朗報は、前のマンションが8か月もかかったけれど、満足のいく
値段で無事、売却できたことである。年末に急転直下、話が決まった時は本当に驚いた。
年末年始は思い切り、中国旅行を満喫した。旅行記は別途、ブログにアップしたい。

1. 1日平均1万歩
13616歩。今月は平均値が爆発的に伸びた。平均で13000歩越えは、記録を取り始めて
以来最高の数値と思う。最高は25413歩で、他にも2万越が1日あった。最低が10219歩。
未達日はゼロで、今年の4月10日以来の1万歩越えを継続している。ダイエットの方は、
先月来のリバウンドに拍車がかかっている。とにかく食事がおいしくて、よく食べるので、
運動すればするほど太っていく。なんとか歯止めをかけなければいけない。
先月からまた、+0.37kgとなった(月平均で比較)。これで、2013年12月末との
比較では、-2.55kg(月平均で比較)で一応、ダイエットには成功している形には
なっている。しかし減り方が少ないのと、現在リバウンド中なのが大いに不満ではある。

2. 中検
すでに前回ブログにアップした通り、2014年もうまくいかなかった。継続して、
努力あるのみ。。


3. TECC
これも受験内容については、記載済みであるが、結果はまだ入手していない。

4. 交流促進
中国旅行記で、別途詳述するが、すばらしく充実した月となった。

5.翻訳力強化
新しい進展なし。

6. ニュースを聴く
旅行中に眠い目をこすりながら、テレビの報道を聞いていたが、あまり頭に
残っていない。。

7. 音読励行
特になし。

8. ディクテーション
先月同様、ディクテーションと単語学習に特化した形である。

★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 5ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」(1課〜30課)
進まず。

•祖國的陌生人 p248(毛之後的中國)
在新紱里的劉香成還同時要負責巴基斯坦、斯里蘭卡、孟加拉,有時,他還要前往阿富汗,
一個即將解體的蘇聯正在那裡進行其最後一場戰爭。為了獲得簽證,他陪著蘇聯住新紱里
大使館的克格勃人員喝了六個月的威士忌。在阿富汗的戰場,他被人用槍指著腦袋,
看著四處充斥的蘇聯坦克、大砲。
ニューデリーでの劉香成は同時に、パキスタン、スリランカ、バングラデシュを
担当しており、時にはアフガニスタンにも出向いた。そこでは崩壊直前の旧ソ連が最後の
戦いを繰り広げていた。ビザを取るためにニューデリー在住のKGBのスパイについて
6か月間も、ウィスキーを飲み続けたり、またアフガニスタンの戦場では、頭に銃を
突きつけられたり、あちこちに溢れているソ連の戦車や大砲を目にした。
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第84回中検一次の結果

1級と準1の結果が届いた。うーん、とうならざるを得ない、惨憺たる結果だった。あまり
勉強していなかったので、自業自得だが、後悔先に立たず、であることを痛感した。
まず準1の方だが、リスニングは生まれて初めての好成績だった。聴解の方はしっかりと
聞き取れて満点だった。今回だけでなく、いつも聞き取れているつもりなのだが、常に間
違いが一つ二つあった。もっと聞き取りの能力を増さなければと思う。聴写の方は、2か所
間違えた、と思っていて、3点減点の覚悟をしていたが、意外とマイナス1点で済んだ。
となると、逆にどこが間違っていたのかが、わからなくなってしまう。筆記の大問題1と2で、
4点ずつ失い、3でもひとつ間違った。ここら辺りは当然、無傷で乗り切らないと、目標に
達することは不可能である。和訳はいつになく出来がよかったが、中訳でずっこけた。
6点マイナスを食らってしまった。このあたりは2,3点のマイナスで通過したいと思っている。
次に1級の方は、聴解が45点でよかったのに、聴写がひどかった。21点マイナスは、今世紀に
入っての最低点である。本当に、知らない単語が多すぎて書けなかった。情けない。
筆記の方は、リスニングよりはマシだったが、やはり取りこぼしが多い。大問1はふたつ、
2は一つ落とした。3は無事だったが、中日・日中翻訳問題で実力のなさが露呈してしまった。
来年こそ頑張ろう、と思うのはいつも思っているのだが、伸び悩みによる閉塞感が大きい。
翻訳力強化は常に必要であることを改めて痛感した。年末に行く中国旅行で、旧友と
おしゃべりしまくって、心優しい彼らに落第生を慰めてもらい、来年に向けて明るい
展望を開きたい。




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★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 5ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」(1課〜30課)
進まず。
•祖國的陌生人 p248(毛之後的中國)
1985年初的新紱里刺激卻混亂,甘地夫人剛剛遇刺,這個古老的文明國度在現代世界裡
步履艱難。他在印度發現,一個國家發展的根本問題是經濟問題,人們對宗教的虔誠態度
也與物質匱乏密切相關。
1985年年初のニューデリーの街は刺激的だが、混沌としていた。ガンジー夫人が刺客に
襲われたりして、この古い文明国は現代社会において、歩行困難に陥っていた。彼が
インドで思ったのは、国家が成長するには経済が根本のカギであり、人々の宗教に
]
対する敬虔な態度も、物不足と密接にかかわりあっているということである。
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第33回TECC受験

先週の日曜日、TECCの試験を受けた。会場は前回と同じ、都会のビルの地下1階で
「研修室」という名前がついているところである。なんか地下深く潜り込んだ
感じがして、地上の喧騒をよそに、思いっきり静かな環境である。参加者は30人、
男女相半ばして、みなさん準備万端という面持である。監督は男女1名ずつの
中国人で、男性は日本語がめちゃくちゃ上手、日本人だと言いおおせそうな感じである。
おまけに背が高くてイケメン、声は低めのテノール、さわやかなイメージで、たぶん
どっかの中国語教室で教えているのだろうが、高い女性集客力を誇っているのでは
ないかと想像した。前のホワイトボードには、何時何分からリスニング、それから
リーディング、終了は何時何分、と細かく時間割が貼ってある。終了間際に
ハプニングが起きた。時計は教室の壁にかかっている時計を使用、とのことだったが、
時間割にある終了時間の5分前に、イケメンさんが、突然「終了」を告げたのである。
まだ全問の回答を終えていない人たちから、抗議の声が上がった。イケメンさんは、
平然と「リスニング終了後、ただちにリーディングを開始して、試験時間は45分、
その開始が5分早かったので、これでいい」とのたまう。よく見ると、先の時間割表の
横に「新」終了時間が大きく板書されていた。口頭での説明や注意喚起が一切なかったし、
「旧」終了時間が消されていなかったため、多くの人が戸惑った。こういうところには
確実に、中日両国の文化の違いが、はっきりと表れる。中国では「変更を何らかの
手段で伝えたかどうか」に重点が置かれ、日本では、「変更による混乱が相手に
生じうるかどうか」を最も懸念する。私は前回、時間配分で失敗しているので、
今回は最初から必死に飛ばした。頭がボーっとしないように、昼ご飯を抜いた。
このためか、規定終了時間の8分前に回答を終わっていて、事件発生に驚きはしたが、
実質的な難は免れた。さて具体的な内容だが、いつものとおりである。特にどこか
はっきりと間違った、と認識できる問題はなかったのだが、何となく釈然としない
問題がいくつかあり、その部分は確実に減点されていると思う。とくに会話形声問題の
長文に及ぶものなどで、いきなり、核心部分が発話されると、一瞬、注意力がついて
いけなくて、聞き漏らしてしまう。問題文は1回しか読み上げられないので、この時点で
アウトとなる。あと、問題に印字までされているのに、これまた、ぱっと見で、意味が
分からないものもあり、往生した。「你想怎么理呢?」これを、「どのように、かまう
つもりか」というイメージで捉えてしまい、あとに発話される文章とのつながり具合が
わからなくなってしまった。前置きもなく、ビジュアルなものも一切なく、一発で
意味を取るのは難しいと思った。上記の中国語は、散髪屋で店員がお客さんに
聞くときの文章である。「どのように刈りましょうか」。結果連絡は年明けに
なりそうである。

★本日の学習進捗状況
1.単語帳
14冊目 4ページ目(全29ページ、1ページに30単語)

2.百年中国散文精选(1〜425ページ)
19ページ目
1.洪水与猛兽 蔡元培  読了
2.少年中国说 梁启超  読了
3.秋夜    鲁迅   読了   
4.雪     鲁迅   読了
5.从百草园到三味书屋 魯迅  読了
6.故乡的野菜     魯迅  読了

3.中国語作文−その基本と上達法(1~253ページ)
46ページ目

4.音読「三国志演義」(10−67ページ)
27ページ目

5.音だけを聞いて長文を暗記する「耳が喜ぶ中国語」(全110課) 
13課

6.論説長文読解「ビジネスリテラシーを鍛える中国語 I」(1課〜30課)
進まず。

•祖國的陌生人 p244(毛之後的中國)
這一次,劉香成感覺到空氣中的微妙變化。就像兩年前在紐約一樣,他把鏡頭對準了廣州的
普通面孔。他在珠江岸邊看到人們打太極、看報紙。「他們的神態和1969年的中國不同了,
他們的身體語言表們他們放鬆了,階級仇恨減弱了,他們把包袱放下來了。」劉香成回憶,
「我意識到新的時代已經到來了,我想要報毛澤東以後的中國。」
今回、劉香成は空気の中に微妙な変化が生じていることに気付いた。正に2年前の
ニューヨークの時と同様、カメラを広州の普通の人たちに向けた。珠江の川べりで人々が
太極拳をしていたり、新聞を読んだりしていた。「彼らの表情は1969年の中国とは違う。
体の動きがリラックスを物語っている。階級間の恨みはほぼ消え失せた。彼らは重荷を
やっと降ろしたのだ」。劉香成は思った。「もう新しい時代になったのだ。私は
毛沢東以後の中国を報道したい」と。

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